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「何も考えずに吹きたいんです。昔のように。」

指とアンブシュアの不調のためレッスンにいらっしゃった若いサックス奏者さんが何気なくこぼしたこの言葉に、少し胸の痛みを感じました。

こんなふうに訴える方は、実は少なくありません。

「何も考えずに」

「昔のように……。昔の自分に戻りたいですか?」

「いえ、楽器は今より上手くなかったので戻りたくはないです(笑)」


この方の指の動きの不調とアンブシュアのコントロールの不調の原因は、相互に繋がりのあるもののようでした。

奏法に少し混乱が起きているところをレッスンで少しずつ解きほぐして交通整理をすることと、何よりもご本人の地道で根気ある取り組みにより、幸いにもその不調を克服する方向に進まれています。

そんな彼女の口から出た、この何気ない言葉が、しばらく私の胸に残りました。


−「何も考えずに」


ここで表現された「何も」の部分は、奏法や音楽的なことではなく、演奏中に起こるネガティブなことを指しているのだと思われます。「指が動かなかったらどうしよう」とか「失敗してしまうのではないか」といった類のものでしょうか。

自分の指や口が、演奏中に思うように動かせなくなる……このような経験は、とても怖いものです。

“怖い”という言葉ではとても表せないくらいの。




単純なことを言ってしまえば、演奏する時にはもっと音楽的なこととか、具体的な奏法のことにフォーカスしていられれば良いのです。
そして様々なことを学ぶことでそのための引き出しを増やしていくことが、結果的に不安や恐怖といったネガティブなものを消し去ってくれることもまた事実です。

しかし人間のシステムの性質上、起きて欲しく”ない”こと……不安や恐怖などに対して、より意識が向きやすいものであり、特に自分にとって大切な場面であればあるほど、その傾向は強くなります。(そしてその傾向の強弱には大きな個人差があるので、他者がそれを推し量ることはできません。ましてや能力や実力、センスの問題などという話でもありません。)

あなたの”素”

人が何かを深く学び、身に付けていこうとする過程で出会うものは全てが目新しく、心ときめくもの。

そして学ぶごと、経験するごとに、自分の世界がどんどん広がっていきます。

しかしそれと同時に「自分の目指すもの」と、「今の自分の状態」との”差分”(足りないところや、できてないところ)を測る能力も高くなり、そしてその差分に強く強くスポットが当たるようになります。

そしてやがて練習することや自体が、この「足りないところやできてないところ」を「どうにかする」という要素を強く持つものになっていく……あんなに楽しかったものが、いつの間にか辛いことの向こう側にしか見えないもののようにもなってきたりします。



しかしこれはあくまでも大きなプロセスの中の一端であり、もっと俯瞰して見れば、それだけそのものごとの本当の奥深さと素晴らしさを知り、それがまさに”自分の人生の一部”へと変化したということ、とも言えるのではないでしょうか。

ここでもう一度思い起こしてほしいのが、

「音楽がただ楽しくてしょうがなかったかつての自分」

とか

「最高に幸せだったあの演奏」

の記憶です。


それはまぎれもなくあなたであり、今のあなたを作っている”あなたの素(もと)”です。

ここでもう一度、その時の自分の記憶としっかりと手を繋ぎ、そしてその”多幸感”で自分を満たし続けながら、今のあなたで演奏をしてみてほしいのです。

自己と繋がること

……あの頃の自分は本当に「何も考えていなかった」のでしょうか?

決してそうではなく、今の自分があの頃の自分より多くのことを経験し、理解し、思考しながら演奏しているためにそう見える、とも言えるのではないでしょうか。

さて、”自信”とは「自分の能力や価値などを信じること」と辞書にはありますが……なかなかに掴みどころのないものですね。(少なくとも自分はそうです笑。どこかに売ってないかなー。そしたら箱で大人買いするのに笑。)

でもこうして自分自身の幸せな記憶と何度も繋がることが、自己信頼を取り戻し、また新たに自分を育てていくことに繋がるのではないかな、と思うのです。

そしてあらためてその統合した自分で、音楽的なプランや、具体的な奏法プランを試し、選んでいく。

そんなプロセスを辿ってみるのはいかがでしょうか。

参考:大辞泉(小学館)

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